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| [プロフィール] ●生年月日/昭和28年4月5日。 ●出身地/山形県東田川郡藤島町。 ●役職/党都本部政策局次長、 板橋総支部長。 ●職歴/公明新聞編集局担当局次長。 政治部長、報道部長を歴任。 ●学歴/山形県立酒田東高校、 創価大学法学部卒。 ●趣味/美術品鑑賞。特技/剣道3段。 ●座右の銘/誠実。 ●家族構成/妻、3女の5人家族。 |
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| [食の安全と安定供給] 城北地域の青果物の台所である板橋青果市場を訪れ、食の安全と安定供給体制について関係者から説明を受ける たちばな氏。 |
[都立豊島病院の区移管] 現在、年内決着を目標に、都区間で協議が進められている豊島病院の板橋区移管問題について関係者から現状を聞くたちばな氏。 |
[東武東上線踏切による渋滞] 交通渋滞や、街の分断化といった問題を解決するため、東上線の立体化が長年の懸案となっている。交通渋滞や生活上の不便さの実態を視察する たちばな氏。 |
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| [大和町交差点の大気汚染対策] 大気汚染全国ワースト1の汚名返上のため、この度、オープンスペース化(旧第一勧銀跡地)による大気の通り道を作る工事がスタート。工事関係者から説明を受ける たちばな氏。 |
[中小企業の活性化対策] 板橋区の活性化に欠かせない中小企業対策で、資金調達の円滑化の一層の推進や、地域特性を生かしたコミュニティービジネスについて経営者と語りあう たちばな氏。 |
[緑のカーテンで環境対策] ヒートアイランド現象の対策としてビルの屋上緑化、壁面緑化の推進が注目される中、板橋第7小学校で試験的に実施されている先駆的な壁面緑化の現状を視察するたちばな氏。 |
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たちばなさんの子どものころの話からお聞きし、人物像をクローズアップしていきたいと思います。まず、出身地と、子どものころの話をお聞かせください。 | ![]() |
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たちばな 出身は山形県の藤島町という庄内平野のど真ん中の農村地帯です。農家の長男として昭和28年4月5日に生まれました。両親は農作業に忙しく、赤ん坊の頃の私は農繁期ともなると田んぼのあぜ道に寝かされていたそうです。貧しい農家だったため、おやつ代なんかもらえず、パンやアイスクリームが欲しいときはドジョウをつかまえて店に持っていき物々交換していました。そんなのどかな時代の、普通の子どもでした。 | |
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“自然児たちばな”という感じですね。 | |
たちばな エエ、大自然の中で子ども時代を送ることができたのは幸運だったと思います。4年生ごろからは、田植え、稲刈り、畑仕事、牛・豚・ニワトリの世話など農作業の手伝いをし、その小遣いを本や参考書にあてていました。父親は、長い冬の間、東京の地下鉄工事などに出稼ぎに行っていましたので、父が帰ってくる雪どけの春が待ち遠しくてね…。四季の中で今も春が一番好きなのも、そうした思い出があるからなんです。 | |
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たちばなさんは身長175cm、体重81キロとガッチリとした体格ですが、中学・高校時代は何かスポーツをやっていたのですか。 | ![]() |
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たちばな 部活で剣道をやっていました。剣道は中学から大学まで続け、剣道を通して忍耐力、精神力、勝負勘(かん)などが自然と身についたように思います。中学の時には体格がいいということで、臨時のすもう部員になって大会に出場し優勝したこともあります。スポーツのほか、生徒会、文化祭、体育祭などの学校行事でも中心的存在として活動しましたし、弁論大会や書道展などで学校代表に選ばれたこともありました。 | |
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大学は創価大学の 3期生でしたね。 |
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たちばな はい。実家が農家でしたから、私はてっきり農家を継ぐものと思っていたのですが、両親から「これからの農業は大変だから、進みたい分野に行っていいよ」といわれ、創価大学法学部へ進みました。大学4年の時には剣道部の主将、そして体育会副委員長として草創期の創大運動部全体の発展に取り組みました。また、来学された創立者との折々のふれあいの中で、学生を大切にする姿などに接し、「創立者の期待にお応えできるような、人々に奉仕する人生を歩もう」と決意しました。 | |
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創大卒業後、公明新聞に入社し、記者として27年間ペンを通して政治を監視してこられましたが、記憶に残ることをお聞かせください。 | |
たちばな 入社間もない社会部時代に文章の一から教わったのが、先輩記者だった織田拓郎前都議(故人)でした。社会部や長野通信部時代は、地道な市民相談を通して、一人ひとりの生活を守るために戦っている公明党の地方議員の姿から公明党議員の精神を学びました。政治部では、PKO(国連平和維持活動)協力法の制定過程で、1992年に公明党カンボジア調査団に随行取材し、現地における各国のPKO活動の状況などを見て、世界の中の日本の果たすべき役割などを記事にしました。また、政治改革、政治と宗教、税金のムダ遣い一掃など、公明新聞の特集企画なども手掛けてきました。 | |
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国会担当デスクとして政治の現場を 見てきて思ったことは? |
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たちばな 細川連立政権の発足による公明党の与党入り、新進党結成と崩壊、小渕政権での連立与党入りなど、政治の激動期の動きを日々の取材を通して見てきました。そうした中で、神崎武法代表、浜四津敏子代表代行をはじめ公明党議員が一貫して実践する「生活者の目線」に原点を据えた政治は、「庶民のための政治」という言葉がただ単なる言葉ではないことを目の当たりにしてきました。これこそが他党の追随をゆるさぬ公明党の誇りだと思います。 | |
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記者として27年間のキャリアを持つたちばなさんに都政に新しい風を吹き込む期待の人として注目しています…。 | |
たちばな 恐縮です。これから地方自治拡大の波は、小泉政権が進める三位一体の改革など今後一段と強まっていくことは間違いありません。そして、その地方政治の成熟度によって住みよさなどの格差が広がる時代となります。したがって、これから地方政治は住民の皆さまの声を十分に生かしたアイデアや工夫を政策に取り込んでいけるかどうかが大事になってきます。その始まりは「対話」であると私は思っています。21世紀の板橋区、東京都を展望し、こうした角度からの政策をきめ細かく立案・実現し、安心、安全、快適な街の構築に取り組んでいく決意です。 | |
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